近年、生成AI(ジェネレーティブAI)と呼ばれる人工知能技術が世界的に高い注目を集めています。米OpenAI社の大規模言語モデル(LLM)ChatGPTの登場以降、生成AIへの注目度はさらに高まり、様々な分野で利用・導入が進められています。
一方で、AIが生成するデータの正確性やデータプライバシーの問題、また学習データや生成物の著作権の取り扱いには懸念の声があり、日本を含む各国政府はこうした問題に対応する早急な法整備やルール作りが求められています。
この記事では生成AIに対する各国の動向についてまとめ、その理由や今後について考察します。
※本稿は2023年5月末時点での状況をまとめたものです。
目次
◇ChatGPT公開を巡る各国の反応
米OpenAIの開発した大規模言語モデル(LLM)「ChatGPT」や画像生成AI「Midjourney」はテクノロジー分野の関係者のみならず各国の政府や一般のネットユーザーにいたるまで社会全体に大きなインパクトを与えました。
革新的な生成技術がすでに実用段階にあることが周知されると同時に、この技術に対する期待や懸念など様々な声があがり、各国政府は対応に追われています。
◆イタリアはGPTに顕著な反応、他の欧州諸国は?
欧州ではもともと、GDPR(欧州一般データ保護規則)というデータプライバシーに関する厳格な基準を設けており、生成AIへの懸念の声も一際強く上がっています。
中でもChatGPT公開後、もっとも顕著な反応を示したのがイタリアです。イタリア政府はOpenAI社のプライバシーポリシーが不透明で機密情報漏洩への懸念があるとして、国内におけるデータ処理を一時的に禁止しました。その後、OpenAI社によるプライバシーポリシーの拡充などの対応によりサービスは再開されましたが、なおも禁止を含めた規制を求める声が強く上がっています。
ドイツ、フランスなどのEU各国でも規制を求める意見は強く、EUが2年ほど前から検討を進めている「AI規則案」には、ChatGPT等の生成AIに関する条項案も追加されました。こうした規制の流れを受け、OpenAIのアルトマンCEOはEUの規制当局者と会談し、将来的にEUでの事業を停止する可能性があると述べています。
そんな中、2020年にEUを離脱したイギリス政府は、LLMを含むAIの「責任ある使用」を求める一方で、技術革新を阻害する「強引な法律」の導入は避ける方針を示しています。
◆AI大国アメリカにも規制強化の流れか
OpenAIを含む複数のAI開発企業を抱え、AI分野で世界を牽引してきたアメリカは生成AIの開発・利用に前向きでしたが、リスクが顕在化するにつれて規制強化の動きも強まっています。
ChatGPTが公開された後、OpenAIの創設者でもあるイーロン・マスク氏が、少なくとも半年は開発を停止するよう求めた書簡を公開し、話題を呼びました。また人工知能開発の第一人者と言われるジェフリー・ヒントン氏はGoogleを退社し、急速に普及する生成AIとその開発競争のリスクに警鐘を鳴らしています。さらに、AIのリスクなどについて研究を行なう団体Center for AI Safety(CAIS)は、AIによる人類絶滅のリスクに対する声明文を発表し、「AIによる絶滅のリスクを軽減することは、伝染病のパンデミックや核戦争といった社会的規模の大きいリスクと並ぶ世界の優先問題であると認識すべきだ」と訴えています。この声明には、OpenAIのアルトマンCEOやMicrosoftのケヴィン・スコットCTOらのほか、数百人に及ぶテクノロジー企業の役員やAIの専門家、各分野の研究者らが署名しています。
こうした流れを受け、米バイデン政権は人工知能を適切な規制の下で活用する「責任あるAI」の実現に向けた行動計画を発表しました。これには政府がChatGPTに代表される高度なAIを利用する際の指針策定などが盛り込まれています。
◆中国は国産生成AI開発を強力に推進
中国はイタリアよりも早くにChatGPTの規制を行い、現在でも中国国内でChatGPTは利用できなくなっています。この強硬な姿勢は政府当局が「ChatGPTの回答が政府の見解と異なる可能性」を危惧したからではないかと各メディアで報じられています。
一方で、国内では百度(バイドゥ)の「アーニーボット」をはじめ、中国版ChatGPTとも言える複数のAIチャットサービスが公開されています。中国共産党の中央政治局会議は、AIの発展を重視し、産業構造の高度化を図るとしています。
当局は同時に規制案も公表しており、「AIが生成した文章は社会主義的な価値観を反映する必要があり、サービスの提供を開始する前に当局の審査を受けることを義務づける」としています。こうした規制は中国共産党への脅威を排除し、反体制的なAI利用を防止するためのものとみられており、欧米のAI規制とはややニュアンスが異なるものと言えます。
◆日本は歓迎ムード?研究開発、利用促進に積極的
日本では生成AIに対する懸念や法規制を求める声よりも、生成AIの台頭を歓迎する動きが目立っています。少子高齢化により労働人口の減少が懸念される日本では、かねてよりAIによる生産力向上が重要な成長課題として掲げられてきました。そんな中、登場した革新的な生成AIに大きな期待が寄せられるのは、自然な流れと言えるでしょう。
ChatGPTが公開され欧米各国で個人情報保護の観点などから懸念の声が高まる中、岸田総理は米OpenAIのアルトマンCEOと会談を行いました。この会談でアルトマンCEOは日本にOpenAI社のオフィスを開設し、日本語サービスの拡張を推進する意向を明かしています。
また、2023年5月に行われた日米首脳会談で岸田総理とアメリカのバイデン大統領は、AIなど最先端技術の研究を行う大学を日本に誘致する「スタートアップ・キャンパス構想」を推進することで一致しました。
さらに東京工業大学や富士通などが国産のスーパーコンピューター「富岳」を活用してのLLM開発に乗り出すなど、規制よりも生成AIの開発や利用を推進する動きが顕著です。こうした動向からは、生成AIの台頭を契機として、アメリカや中国に遅れを取ってきたテクノロジー分野で巻き返しを図ろうとする政府の姿勢が見て取れます。
しかし、生成AIへのリスクに対応できる法律が存在しないまま開発・利用を推進する姿勢は、国際的な風潮に逆行しているとも言われています。
◇G7サミットでも生成AIが話題に
2023年5月に広島で行われたG7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国、及びEU)サミットでも、生成AIの適正利用が大きな議題の一つとなりました。発表された首脳宣言によると、生成AIをめぐる著作権の保護や偽情報への対応などについて各国の閣僚級で議論する「広島AIプロセス」を開始し、2023年末までに結論をまとめるとされています。
しかし、生成AIの利用については規制重視の欧米各国と推進したい日本との間には温度差があり、実効性のある国際基準が策定できるのか、疑問の声も上がっています。
◇今後の生成AI開発競争の主戦場は
ここまでに述べたように、生成AIに対して規制強化の姿勢を強める欧米各国に対して、日本は規制に消極的です。OpenAIのアルトマンCEOは、規制強化に動く欧州での事業停止の可能性を示唆する一方で、日本でのサービスは拡張することを明言しています。現状、規制への動きが緩い日本は、生成AIやそれを使ったサービスを展開する企業にとって「狙い目」の市場となるのかもしれません。
◆生成AIビジネス展開には日本が有利?
日本の現行法では生成AIを規制する明確な根拠はなく、それどころか2018年に改正された著作権法では「AIが画像や文章を権利者に連絡することなく、自由に学習し、営利・非営利を問わず利用できる」とされています。つまり、日本は生成AIが自由にデータを学習し、ビジネスに利用することが法律で認められている国ということです。
この状況に対してイラストレーターや芸能関係者の団体からクリエーターの権利保護を求める声が上がっていますが、今のところ法改正などの具体的な動きは見られません。
今後、日本でも生成AIに関する法整備が進められることが予想されますが、それよりも先に欧米各国での規制強化が進むことは間違いないでしょう。そうなった場合、生成AIに対して規制の緩い日本でサービスを展開しようとする海外のAI企業が、続々と現れるかもしれません。
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