現在、先進各国ではあらゆる分野においてAIを活用した業務の効率化やサービスの向上が進められています。特に超高齢化社会といわれる日本では、今後あらゆる分野・業界で人手不足が深刻化していくことが懸念されており、人的リソースを補う存在としてAIの活用に期待が寄せられています。本項ではヒトの行動変容を促すことができるSELF株式会社のコミュニケーションAIの会話機能を紹介します。
目次
◾️AIのコミュニケーション能力とは
様々な分野でAIの導入・活用が進められる中、接客や教育、看護・介護・ヘルスケアなどの現場においてはAIの導入は限定的です。これらのシーンに共通する点は、人と人との言語による高度なコミュニケーションが必要不可欠であること。
そもそも私たちが普段なにげなく使っている自然言語には、曖昧な要素が多分に含まれており、機械的に構造化するのが非常に難しいと言われています。近年では言語情報を適切に処理する自然言語処理(NLP)の技術も大きく進歩してはいますが、自然言語による双方向的なコミュニケーションにおいては、未だ「人間並み」とは言えないでしょう。
◆「察する」ことの難しさ
そもそも、高度なコミュニケーションとは一体どのようなものでしょう。「自然な(違和感のない)コミュニケーション」の構造化が実現すれば、AIは高度なコミュニケーション技術が必要とされる場面で、人と同じように業務を遂行できるのでしょうか?
残念ながら、そううまくはいかないでしょう。なぜならビジネスの世界で必要とされるのは「違和感のないやり取り」よりさらに高度な「ヒトの心理に作用し、行動を促す」ことができるコミュニケーションだからです。それを実現するためには言葉や文章の意味だけでなく、直接的には表現されない要素を処理する機能、つまり「行間を読む(察する)能力」が必要なのです。
現在、精度の向上が期待されている自然言語処理(NLP)ですが、これはあくまでも言葉や文章の意味を解析・処理する技術であり、言語として表現されていない要素(たとえばある言葉が発せられるに至った個人的な背景や動機)を「察する」ことはできません。
◆SELF株式会社のコミュニケーションAI
弊社(SELF株式会社)では、言語の意味を処理するだけではなく人と人とのコミュニケーションの仕組みを分析し、自動会話によって「察する」ことができるコミュニケーションAIを開発・提供しています。
SELF AIは「察する」ことから生まれるコミュニケーションによって、人の行動を促す(変える)ことができるAIエンジンです。ここからはSELF AIが「なぜ人の行動を促すことができるのか」を解説します。
◾️人を「動かす」コミュニケーションとは何か
人の行動には(反射やクセなど無意識の行動を除き)動機が存在します。
そして動機とは、思考や感情など、いわゆる「心の動き」から生まれるものです。つまり会話によって人の行動を促すということは、「相手の思考や感情に影響を与える(心を動かす)」ことといえます。
◆情報の集積・理解
他者の思考や感情に働きかけるには、誰にでも当てはまるような言い回しではなく、ひとりひとりの状況や気持ちに応じてパーソナライズされたアプローチが効果的です。
コミュニケーションで人の心に変化を起こすには、様々な情報を収集し、理解する必要があります。
たとえば「落ち込んでいる人を励まそう」とする場合はどうでしょう。落ち込んでいる理由、落ち込みの度合い、相手の性格、過去にどんな経験をしてきたかなど、考慮すべき情報を挙げ始めるとキリがありません。しかもこれらの要素は常に相手の言葉から読み取れるとは限りません。本人も自覚していない要素や、うまく言語化できない要素も多分に含まれているのです。
しかし、こういった曖昧な要素を処理しないままに何らかの言葉を投げかけたとしても、人の心には響きません。それどころか、意図したこととは逆の作用(なだめようとしたのに怒らせてしまう、など)を引き起こす可能性すらあります。
◆信頼関係の構築
また、人の心を動かそうとするとき「何を言うか」だけではなく「誰が言うか」という点も重要です。たとえば「タバコは身体に悪いので禁煙しましょう」という言葉を、特に権威のない一般人から言われるのと専門の医師から言われるのとでは、どちらがより「禁煙しよう」という気持ちを喚起しやすいでしょう。多くの人は、医師から言われた方が説得力がある、と感じるはずです。これは、医師の持つ権威や専門性に対する信頼があるからです。
このように、コミュニケーションによって行動を促すには相手との信頼関係が重要となります。
SELFのコミュニケーションAI(以下、SELF AI)は、会話によってユーザー情報の「取得・蓄積・分析」を繰り返し、ユーザーを深く理解する存在となることで、コミュニケーションによる信頼関係の構築を実現します。

◾️行動変容を促すには
人が行動を起こす際の意識や習慣が変化することを行動変容といいます。
行動変容には5段階のステージがあるとされ、それぞれのステージに適した働きかけを行うことで行動変容を促すことができるとされています。元は禁煙などへの医療的なアプローチを目的に考えられた理論ですが、教育やビジネスにも応用され、企業の社員研修やサービス改善に取り入れられています。

上図のように、行動変容を促すためには相手が今どのステージに属しているかを把握し、適切な言葉がけをする必要があります。しかし、これを機械的に自動化することは容易なことではありません。既存のスマートスピーカーやチャットボットは、主に「ユーザーからの問いかけに応える」ことに重点を置き、設計されています。つまり、ユーザーの状態を継続的に把握し、積極的に働きかけることはそもそも企図されていないのです。
また、前述したように同じような言葉がけをするとしても、そこに信頼関係が存在するかどうかで効果や効率が大きく異なります。特に、行動変容を促す言葉がけはしばしば教導的な内容になりがちです。顧客やクライエント(患者)がその言葉に素直に従うことができるかどうかは、その言葉を発する相手との信頼関係に左右され得ることでしょう。
◾️SELF AIによる行動変容アプローチとは
上記で紹介した行動変容のステージごとのアプローチも、SELF AIなら効果的に行うことができます。SELF AIは取得したユーザー情報を元にパーソナライズされた会話を出力するので、ユーザーの今の状態や傾向を把握した上で行動変容を促すアプローチが可能なのです。

◆積極的に「話しかける」ことが可能
SELF AIは、より人と人とのコミュニケーションに近い形の自動会話を目指して設計されています。ユーザーからの働きかけ(質問)を前提としたチャットボットとは異なり、蓄積した情報から積極的に会話を出力できるシステムを採用することで、ユーザーが行動を意識していないタイミングでのアプローチが可能です。ユーザーの意識の外にある提案や声かけをすることで、効果的に行動変容を促すことができるのです。
◆長期的な関係構築で行動変容を促す
SELF AIはユーザーの基本的なプロフィールから、性格、状態、趣味・嗜好など、あらゆる情報を記憶し、会話に反映することができるため、常にひとりひとりのユーザーに適した会話内容が出力されます。
会話をすればするほどユーザーのことを深く理解し、常にユーザーの気持ちに寄り添う存在となることで、長期的な信頼関係を築くことができます。この長期的な信頼関係こそが、行動変容を促すためにもっとも重要な点といえるでしょう。
こういった特徴から、SELF AIはベネッセコーポレーションのタブレッド講座やSOMPOヘルスサポート社の特定保健指導アプリ「QUPiO With」に導入され、利用率・継続率向上の効果が認められました。
SELF AIの導入事例について、詳しくは下記の記事をご覧ください。
◾️心理をつく発話ロジック
SELF AIの会話ロジックは、人の行動を促すために効果的とされる様々な心理的アプローチを試みています。具体的なロジックは企業秘密ではありますが、開発の参考にされている手法の一部を紹介します。
◆ミルトン・エリクソンの選択話法とは
「選択話法(二者択一話法・選択肢の錯覚)」とは19世紀のアメリカの心理学者、ミルトン・エリクソンが考案したアプローチです。精神科医でもあったエリクソンは斬新かつ変幻自在なアプローチで、次々と患者の症状を消失させたことで「言葉の魔術師」と呼ばれました。
中でも有名なアプローチに「選択話法」があり、これはクライエント(患者)に選択肢を与え、無自覚のうちに望ましい結果をもたらす前提を刷り込んでしまう、という手法です。
たとえば、エリクソンはある患者に「あなたはこの症状が二週間でなくなるか、三週間でなくなるか、どちらが現実的だと思いますか?」という二択を投げかけたと言います。クライエントはどちらかを選択して答えることになるわけですが、この時点で既に「症状がなくなる」という前提が刷り込まれているのです。この「前提」こそが相手の潜在意識に影響を与え、効果的な治療につながるというわけです。
SELF AIはテキストによる選択式の会話でユーザーとやりとりを行います。エリクソンの選択話法を再現しているというわけではありませんが、選択式の会話とすることで気軽にテンポよく会話を行い、さらにユーザー自身も気づかないうちに望ましい結果につながる「前提」を作り、行動変容に不可欠な意識の変化を促します。
◆ジャムの法則とは
ジャムの法則とは「決定回避の法則」とも言われ「人は選択肢が多いほど、選べなくなる」という心理現象です。この法則のもとになった実験では被験者を2つのグループに分け、一方のグループには6種類のジャム、もう一方のグループには24種類のジャムで試食販売を行い、どちらのグループが多く購買行動につながったかを調査しました。
普通に考えるとジャムの種類が多い方が購買につながりやすそうにも思えますが、結果はそうではありませんでした。ジャムの種類が24種類のグループでは試食後の購買率が3%だったのに対し6種類のグループでは30%と、選択肢の少ないグループの方が実に10倍も購買行動につながったのです。この結果は、選択肢が多すぎることで「ベストじゃない選択をして損をしたくない」という心理が働き、選択を「保留」にしてしまったのだと考えられます。
◆Webサイトにおける選択過多という課題
これは現代で一般的になったECサイトにおいても言えることです。モール型のECサイトでは膨大な商品数があり、絞り込みなどの機能がないとユーザーは商品を決め切れません。また自社ECサイト(専門店EC)などの場合は商品数こそ限られるものの、似た特徴をもつ商品が多くなり、やはりユーザーの決断を難しくしてしまいます。
もちろん、販売を行うECサイトに限らず、物件情報や求人情報などの情報を扱うサイトでも同様のことが言えます。何千、何万という膨大な情報の中から必要なものを見つけ出し、比較し、精査し、決定するというプロセスは、ユーザーが独力で行うには負荷の高すぎる体験です。多くのユーザーがコンバージョンに至る前に挫折し、離脱してしまうことでしょう。
そのため、ユーザーの決断を後押しするための要素として、各種のサイトには絞り込みやレコメンド、レビューなどの要素が取り入れられています。SELF AIは、会話によってユーザーから聞き取った情報を元により的確な絞り込みや商品レコメンドといったサポートを行うことができるのです。

◾️AIがヒトの行動変容を促す時代へ
他者の意識に影響を与え行動変容を促すことは、人同士のコミュニケーションにおいても容易いことではありません。ましてや、それを機械的に行うとなると、既存のどんな技術を用いたとしても難しいと言えます。今後、自然言語処理(NLP)の精度が向上したとしても、人の行動変容につながるコミュニケーションを実現することは、さらに先の課題になるでしょう。
しかし接客や教育、ヘルスケアの分野でも人手不足が叫ばれ、デジタル化やAI導入が進められている今、「人の行動変容を促すことができる自動コミュニケーションの実現」は喫緊の課題といえます。
◆SELFの描く未来のコミュニケーション
その課題を解決するためには、ただ言葉や文章の意味を理解し、自然なやり取りができるだけのシステムではなく、「コミュニケーションの仕組み」そのものに着目したアプローチが必要です。いずれは、AIのコミュニケーション能力は人の活動を補助するためのものから、人の行動を変えうるものになり、さらにはひとりひとりに適した行動を教え導く存在へと進化していくでしょう。弊社(SELF株式会社)では、人とロボットがより親密に共存する時代の到来に備え、コミュニケーションによって「人の意識や行動に変化を与えることのできるAI」を今後も開発・提供してまいります。
<参考資料>
「行動変容ステージと支援技術」
諏訪 茂樹・酒井 幸子
東京女子医科大学看護学部人文社会科学系・東京大学大学院公共政策学教育部
「相互行動心理学と行動分析における文脈的視座:行動療法発展への示唆」
園山 繁樹・小林 重雄

SELFのライターを中心に構成されているチーム。対話型エンジン「コミュニケーションAI」の導入によるメリットをはじめ、各業界における弊社サービスの活用事例などを紹介している。その他、SELFで一緒に働いてくれる仲間を随時募集中。